日光で会った二人連れ

 参道の杉並木をぶらぶら歩いていると、いつしかしとしとと雨が降り出した。
 ここ日光東照宮を訪れるのはこれで三度目だし、あらかた社殿も見物し終わった。オサムは空を見上げ、そろそろ待ち合わせのバスに戻ろうと歩を速めようとしていた。
 その時ふっと、オサムの頭上に傘が差しかけられた。
「よかったら、僕たちとご一緒しませんか?」
 声のした方に顔を向けると、傘を差した二人連れの男が、オサムを見てにこやかに微笑んでいる。オサムと同年代ぐらいで、一見して二人は、とても気の合った友人同士にみえた。
 それから三人は並んで参道を歩き出した。
 二人ともオサムと同じ大学四年生で、大学院に進む予定だと言う。勉強を頑張った自分たちへのささやかなご褒美にと、日光へ一泊旅行に来た。これから、いろは坂をドライブして奥日光へ足を伸ばし、中禅寺湖を見たりして温泉宿に泊まるつもりだと言う。
 オサムは、とある会社の新卒内定者による親睦旅行に来ていた。人手不足で売り手市場である就職戦線では、企業はあの手この手で人員確保に努めていた。
 ひところの学園紛争もすっかり治まったいま、手のひらを返したように就職活動に勤しむ学生たちを尻目に、デモと麻雀に明け暮れ、ろくに勉強もしてこなかったオサムには、周りのみんなのあからさまな変身ぶりには、どうにもついていけなかった。自分ひとり取り残されたような気分でシラケていた。
 とりあえず格好だけでもつけようと、三流企業に応募して内定を得、久し振りに旅行できるからと今日の親睦旅行に参加したのである。
「それじゃ、その会社に本気で入社する気はないんだね」
 オサムがそうだと答えると、二人は顔を見合わせて頷きあった。
「よかったら僕たちと一緒に行かない? 小さな民宿旅館だから、一人増える分には何とでもなると思うんだ」
 オサムに傘を差している男が言うと、その隣の男が言った。
「ねえ、そうしようよ。君にはもう少しじっくり考える時間が必要だと思うよ。自分が本当は何をしたいのかをね……。そのために僕たちが少しでも力になれれば……と思うよ」
「でも、会ったばかりの人にそこまでしてもらっては……」とオサムが言うと、傘を差しかけている方の男が言った。
「そんなことは関係ないんじゃない? 人と人って、身近にいても分かりあえないこともあれば、会ったばかりでもすぐに意気投合するって事もあるんじゃないかなあ? あーっ、それと、僕たちレンタカーで来ているから、帰りは東京の君の家まで送るし、君の泊まったりする費用ぐらい僕たちが面倒みるから……。どうしてもそれじゃ気が済まないと言うんなら、いつかそのうち返してもらえばいいしさ……」
 そんなやり取りをしているうちに、三人はバスの停まっている場所に着いた。
 会ったばかりの二人の心遣いに、オサムは感激した。二人の提案に大きく気持ちは傾きつつも、それでもまだ迷っていた。
「ああ、やっと来たか!ギリギリセーフだね。学生時代はそれでもいいけど、社会人になったら約束の時間を守るのは最低限のルールだからね。決められた時間の5分前、いや10分前には着くようにしないといけないね。さあ乗った!乗った!すぐ出発するよ。次のスケジュールがあるからね」
「そのー、実は……」
 何か言いかけようとしたオサムの背中を、有無を言わさずバスに押し込んで、引率の係員は言った。
「はい、みなさん、それでは次の予定地に向け出発します!」
 バスに乗り込んだオサムを、名残惜しそうな目で見ていた二人の顔……、それでもバスが発車しそうになると、手を振ってにっこりと微笑んでいた二人の顔が……、あれから何十年も経った今でも、オサムの脳裏にはずっと焼き付いている。