Hと立花家の人々

<「透明な天」本文からの抜粋>
 約束の時間にHはやって来た。これが渡との二度目の顔合わせである。
 前回の訪問で彼が日本語学校へ通っていることがわかったので、渡と裕子とが分担して個人レッスンをしようということになった。昨日が裕子の受け持ちで、今日が渡の番というわけだ。
 立花夫妻は二年ほど前にそろって講習を受け、日本語教師としての資格を持っていたし、レッスンの経験もあった。
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 娘の詩織が、道端で知り合ったという外国人に対して日本語のレッスンをしてほしいと言うが、一度ぐらい会っただけでは、どんな男かまだよく分からない。娘に変なムシがつかなければいいが……。裕子は警戒していたのだ。たとえいい人でも、詩織はいま浪人生で、男の人と付き合っているどころではないのだ。それと裕子は今まで団体レッスンをしたことはあるが、個人レッスンの経験はなかったので、いささか緊張もしていた。個人レッスンの場合は、最初の印象が肝心だ。ことに、女だと思ってナメられてはいけない。
 こうして、裕子のHに対する最初のレッスンは、裕子の警戒心と緊張感が重なって、猛烈に厳しい授業になったのである。

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 五月の第二日曜日、母の日のことである。
 裕子がパートに出掛けるのと入れ代わるように、Hがやって来た。家には渡と詩織、詩織より三歳年下の弟、透がいた。

 「これからみんなで家の掃除をしましょう」と言う。「その前にちょっとお参りをさせてください」と渡に断ってから、Hは二階へ上がり、渡たち夫妻の寝室にある仏壇の前に座った。トレードマークのようにいつもかぶっている帽子を脱いで、ろうそくを灯し、線香に火をつけた。

 Hはまずビニール袋を用意して、床の上に散らばっている物を種類ごとに分けて詰めていった。
 床の上が片付いたら、机の上も同じようにして整理した。
 次にベッドをずらすと、その下にも埃を被ったマンガ本があふれていた。
 それも部屋の外に出してから、天井、壁、床と掃除機をかけていった。



2016年2月20日 7:29 PM   透明な天〜ミッション フロム ヘヴン 1〜


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